2016/5/14

チューターとして私ができること

高校男子寮チューター 井上 永一

 「すごいな~。これが寮生活をしている生徒たちか・・・・・・。」

 教員になりたての私が寮生活をしている生徒たちに接した第一印象です。高校生とは思えないほどしっかりとしていて、生徒たちの姿や行動に圧倒されました。あれから4年が経ちました。チューター補佐から始まり、チューターとして今年で3年目を迎えます。生徒の成長に携わる一方、自分自身も日々勉強させてもらうことが多く、今でも生徒たちのことを尊敬する思いは変わりません。
 生徒と接する時に私が意識しているのは「素の自分でいること」です。チューターは生徒と自然と距離が近くなるので、私自身も飾らずにありのままの姿で接したいと思っています。そのような姿が仕事という枠を越えて、生徒との固い絆を作ることができると思ったからです。
 私は現在、高校男子寮のチューターをさせていただいています。親元を離れて生活をしている生徒たちは、私にとって弟のような存在です。学校であったことや部活の結果報告など、その日の出来事を生徒たちは笑顔で、時には泣きながら話してくれます。私自身の高校生の頃はというと、部活ばかりに明け暮れ、親には反抗し、自分のことは自分でできると思っていても、結局は親に何もかも甘えていた高校生でした。だから余計に、親に頼らず、思春期のまっただ中で色んな葛藤がある中、自分という存在や自分の道を見つけるために純粋に必死に頑張っている寮の生徒たちを、本当にすごいなと思います。私は今まで気づかなかったことに気づかせてくれるきっかけを生徒から与えてもらっています。

 私の理想の寮は道徳的実践ができるアットホームな寮です。「みんなで」という意識を共有し、自立・感謝・思いやりの心を大切に、人と人との繋がりが強い寮を目指しています。寮でそのための道徳的実践を繰り広げ、自立心を育むところへと常に繋げていけたらなと思っています。
 私はどんなチューターであるべきなのか考えることがよくあります。私には経験豊富なチューターの先生方のような威厳や説得力、知識があるわけではありません。しかし、私だからこそ伝えられることもあると考えています。チューターは生徒の親代わりとなる存在ですが、私は兄貴的立場から生徒に寄り添い、気持ちを理解し、支えて行こうと思っています。
 時には厳しく時には優しく、私なりの考えや思いを生徒にはっきりと伝え、少しでも成長する方向に持っていくことが、チューターとしてできることだと思っています。生徒と一緒で私にとっても成長の日々です。そんな気持ちになれるのも寮生活を頑張っている生徒から勇気をもらっているからだと思います。道徳教育をしている麗澤瑞浪の真髄であり柱となるものは、やはり寮生活であると思っています。
 1人ではできないことがあっても、みんなが励ましてくれるから勇気を持って頑張れる。1人で抱え込んでしまうような悩みも、みんなが親身になって聞いてくれるから信頼して話せる。1人では思いもつかないような考えも、みんなと語りあったり意見をぶつけあうからこそ気がつける。そんな環境が麗澤瑞浪の寮には当たり前のようにあります。本当に日本一の温かい場所だと感じています。

 私が生徒から教えてもらったことはたくさんあるのですが、この4年間で学んだことは「親の本当の思いを知ること」と「決めつけないこと」です。
 まず親の思いに関しては、高校男子寮の生徒は毎週保護者の方にハガキを書き、親への感謝の気持ちや頑張っていることの報告をしています。また、保護者の方も子供たちへ手紙を送ってくださいます。そのやりとりを見ていると、私も自然と自分の親に対して今まで以上に感謝の気持ちが湧いてきました。そして、保護者の方から大切な子供たちを預かっているチューターとして、生徒にもっとしてあげられることがあるのではないか、伝えられることがあるのではないかと考えさせられています。
 もう1つの「決めつけないこと」というのは、麗澤瑞浪の寮生は本当に仲がいいのです。いろいろな個性を持った生徒が集まっていても、仲間の良いところを探そうとします。もう伝統なのでしょうね・・・・・・自然とみんな出来るようになります。これには本当に驚きました。
 教員になりたての頃の私は、生徒の悪い所ばかりに目がいってしまいがちだったのですが、寮の生徒と接する中で生徒の良い所に気づけるようになりました。本当に感謝しています。決めつけがなくなると、多方面から考えることができ、人としての幅が広がり、それが教員としての指導の幅に繋がっています。
 まだまだ未熟なチューターではありますが、生徒にとって一本の大きな柱のような存在になれるように道を切り開いていきたいと思います。
 麗澤瑞浪の寮教育に誇りを持って・・・・・・。

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