2015/4/18

麗澤瑞浪で学ぶ皆さんへ(入学式式辞より)

校長 蟹井克也

 新入生のみなさん、いよいよ麗澤での学校生活のスタートです。
 みなさんが生活をする麗澤瑞浪の「麗澤」という言葉は古い書物から用いた言葉で、「麗」という言葉は普段は「美しい」という意味で使われることが多い漢字ですが、その他に「つらなる」という意味もあります。本校の創立者廣池千九郎先生は、この「つらなる」という意味を用いて「麗澤」という名前の学校を創立したのです。すなわち「麗澤」とは、「相いつらならったふたつの澤がお互いに潤しあう」という意味です。
 これは、この学校で共に学びあう生徒同士、先生と生徒、先生と保護者の皆さんなど、みんながお互いに助け合って心を高めていってほしいという思いが込められているのです。自分で心を高めようと努力する人は孤立しないものです。あたかもふたつの澤が潤しあうかのように、私たちは周囲の人と心を通わせつつ、人格の向上を目指すことの大切さが「麗澤」という言葉に込められているのです。

 本校、麗澤瑞浪は昭和35年、いまから55年前に高校が開校し、昭和60年、いまから30年前に中学校が開校して今日に至っています。お蔭様でこれまでに約1万人の生徒がこの学園で学び、全国各地で活躍をしてくれています。みなさんもここでの3年間または6年間の学校生活を通じて、お互いに助け合いながら、自分自身の人格と知性を高め、世の中の発展、人々の幸福に貢献できるような人になってほしいと願っています。

 本校はご存知のように、道徳教育を教育の柱に据えていますが、皆さんのような若い人たちは、これまで「道徳」について考えるという機会があまりなかったのかもしれません。日常生活のなかにおいても、人間の利己的な欲望に迎合した、品性や人間性というものを傷つけるような情報を絶えず受けながら過ごしてきた人が多いのではないでしょうか。今日の情報化社会において、私たちの身の回りには色々と便利な物も発明されていますが、若い人たちが自己を確立するうえで必要な情報は、テレビやスマートフォンなどの情報通信機器で得られるわけではありません。二度と戻ることの出来ない中学や高校時代において、役に立たない価値のない情報に接するために時間を浪費するのではなく、この世代にこそ、本当の学力を身に着け、体を鍛え、「心に正しい標準を確立」することにたっぷりと時間を使ってほしいものです。この世代において「正しい標準を確立」することが出来れば、これから遭遇する日々のあらゆる苦労や努力にも価値を見出すことも出来るようになり、自分の人生の正しい方向、将来への正しい道を開くことも出来るのです。
 また、人は誰もが、心の深いところで、自分の価値を認めてくれる人、自分を信頼して心から期待をかけてくれる人を求めています。この学園は、中学と高校を合わせた生徒数が今年は711名ですが、皆さんとこれから関わる教員が90名、事務職員や施設や食堂職員なども含めると、合計で130名もの教職員で皆さんの身の回りのお世話をさせていただくことになります。ですから、これからの3年間または6年間で、皆さんと心の深いところで繋がってくれる大人、教職員が必ず見つかるはずです。
 中国の唐の時代の詩人、于良史(うりょうし)の詩の一節に、「花を弄すれば香りは衣に満つ」とあります。花の中に身を置くと、いつのまにか花の香りが着物に染み込んで来るように、良き先生、良き友、良き教えの中に身を置けば、自然に自分も良くなるという意味です。皆さんはこれからクラスや部活動や寮生活などで友達もたくさん出来るでしょうが、この学園の教職員との出会いや、ゴルフ場もある日本一広大なキャンパスに身を置き、大自然の営みの中で自分の持っている潜在的な能力を精一杯発揮していただきたいと思います。

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